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スティーブ・ジョブズ

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この2週間ほど主に通勤電車で先ごろ亡くなったスティーブ・ジョブズの伝記を読んだ。

私は80年代後半から90年代前半までマックユーザーだった。その後長らくアップル社の製品から遠ざかっていたが、今は iPod touch と iPad2 を使っている。ジョブズの考え方の一部には共感するところがあるが、本書を読んでもジョブズの複雑な人間像はよくわからなかった(読みながら気になっていた点は最後までよくわからなかった)。Macintosh を使っていた頃はコンピュータに対してワクワクするような気持ちを持っていたのだが、今はもうその気持ちが色あせてしまった。当時は夢想だにしなかったウェブやパソコン、携帯端末に囲まれて、確かに便利で多大な恩恵を受けているのだが。(ワクワク感がなくなったのは、マックユーザーを離れてウィンドウズに汚染されたからではなく、慣れてしまって新鮮な気持ちが失われてしまったのだろう。) 本書の最初の方のアップルコンピュータ黎明期の話は、昔を思い出して懐かしく興味深く読んだ。パーソナルコンピューターのハードウェア、ユーザー・インタフェース、ソフトウェアを生み出した理系の天才たちには憧れ尊敬の念を感じる。

私は洗練されたアップル製品を使うちょっと変わった人間ではなく、廉価な中国や台湾のメーカーのパソコンを好んで購入し、マイクロソフト・ウィンドウズを使い続け、そして現在使っている iPod touch や iPad2 の次の携帯端末はアンドロイドを選択する、そういう側にいるように思う。 オープンなシステムの方がよいという思想を支持するという訳でもないが、ウィンドウズにアンドロイド、フラッシュなどジョブズが憎悪するものを使う側の方が居心地がよいような気がする。(価格面では、アップルの製品も随分安くなって割高感はあまり感じないが。)

ジョブズ流プレゼンテーション術の本も数冊読んだ。啓発されることも沢山書いてあるのだが、ジョブズのプレゼンテーション映像を見ると、見事に演出された完成度の高いショーとは思うものの、気難しそうな男がにこやかに話し、サクラとも見まごう聴衆の拍手喝采に、引き込まれるよりも冷めた目で見てしまう。ジョブズの「現実歪曲フィールド」(洗脳パワー?)に惑わされまいと身構えてしまうせいかもしれないが。

ピクサーのアニメーション作家ラセターの映像に触れたことは収穫だった。本書を読まなければディズニー映画を観てみようと思うことはなかっただろう。あとは、iCloud を試しに使ってみようと思ってできていないことを思い出した。私にとって、Dropbox, SugarSync, Evernote などのクラウドサービスは既に便利で手放せないものになっている。iCloud がどんなものか興味がある。
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ガウスが切り開いた道

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3次方程式の解法と複素数の誕生について手元にある書籍を眺めていて、ギンディキンの『ガウスが切り開いた道』を手にとった。この本は歴史を巡る人物模様がおもしろく、第一級の数学者ギンディキンによるものだから当然数学的にもきちんと書かれている。後半は、19世紀の数学者ガウスについて書かれている。ガウスといえば、高木貞二『近世数学史談』岩波文庫を思い出すが、正17角形の作図など重なる話題について読み比べてみるのもおもしろいだろう。

上の本はシュプリンガー社が出版した和書である。理工系の書籍、雑誌の大手Springer社の関連会社、シュプリンガー・フェアラーク東京は欧文出版の代理店イースタン・ブック・サーヴィスと合併して2006年にシュプリンガー・ジャパンとなった。シュプリンガーは翻訳を中心に理工系分野の和書を多数出版してきたが、2012年1月から和書の刊行を丸善出版に移譲するとのことだ。(シュプリンガージャパンのページで情報を確認できなかったが、名古屋大学生協のページでは和書在庫引き上げのお知らせがある。)

私自身、シュプリンガー・ジャパンから何冊かの翻訳と自身の著書を出版している。翻訳や執筆を通して、文章の書き方や本の作り方について、貴重な経験をすることができた。シュプリンガーの編集者からも多くのことを学んだ。丸善からの出版が決まっているハーディ/ライト著『数論入門』についてシュプリンガー・ジャパンから同意書の提出依頼を受けた。シュプリンガーの和書は、自分が関わった本以外にも何冊か思い浮かぶ。丸善から出版されないものは絶版になってしまうのかと思うと寂しい気持ちになるが、販売部数が非常に限られた専門書の出版事業のことを思えば、これも時代の流れかと思う。

何冊かの本をオンライン書店で検索してみると、丸善への移譲の準備として重版を控えて在庫を減らしていたようで、全般に入手しにくくなっていることに気付いた。(上の本は複数のサイトで在庫があったが、丸善からの再出版リストには載っていない。)

Moebius transformation revealed

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Moebius transformation revealed(メービウス変換を見る)は、2分35秒の美しいビデオだ。Dimensions の第1章とも重なる内容で、複素数平面のメービウス変換(一次分数変換)と球面の変換の関係をアニメーションで説明している。作者のページから Youtube の動画 低画質版(字幕付)にリンクが張られている。(作者のページには高画質の QuickTime 動画もあり、こちらも(第三者により?)Youtubeにアップされている。高画質(ナレーション付)) Youtube の低画質版の再生回数は 1,864,061 回と数学関係としてはすごい回数だ。

関西学院大学理工学部数理科学科では、そろそろ来年度の数学特別演習(4年次の卒業研究)の研究室配属の準備を始めようとしており、3年生に向けて案内を書かなければいけない。一昨年に続いて複素数平面と幾何学(球面幾何や双曲幾何)をテーマにしようと思いついたがまだ思いつきにすぎない。関連する書籍としては、一昨年読んだ『双曲幾何学への招待―複素数で視る』、そして邦訳が出る前から愛着がある "Visual Complex Analysis" (『ヴィジュアル複素解析』)が思い浮かぶが、どちらもゼミのテキストとしてうまく使えるか不安を感じる、両方とも品切れ中、という問題もある。Maple などの数学ソフトウェアを使って、複素数や複素関数に関連したグラフィックスを描くというのも、学生に受け入れられそうな魅力的なテーマに思える。

前の所属大学(岡山理科大学)も含めたこれまでの経験上、秋に熱心に考えた内容が、実際にゼミを始める翌年の4月には自分の中で関心が薄れてしまっていることもしばしばある。また、教員側が意気込んで選んだ書籍が実際に集まった学生には合わないこともある。今年度の4年生は卒業研究発表に向けて内容をどんどん具体化しているところだが、その段階も一緒にやっていておもしろくやりがいがあるし、来年度に向けてその大部分は実現しないであろう夢のようなことをあれこれ考えるのもまた楽しいものだ。

πに迫る

放送大学特別講義「πに迫る」(1999年)を視聴した。これはVHSビデオテープを随分前に購入していたものだが、今回初めて観た。講師は、円周率の計算で有名な東京大学の金田 康正氏である。ビデオは、金田氏の円周率計算の記録への挑戦と計算機の発展史といった内容で、円周率についての数学的な解説は限られたものだった。この10年余りの計算機の進展は非常に大きく、映像に現れる端末や記憶容量に関する話からは時代の流れを感じた。1999年の段階での金田氏のグループがスーパーコンピュータを用いて計算した円周率の近似値の世界記録は687億桁である。円周率を計算する意義をいくつか挙げる中で、計算機のテスト的な側面とともに、2番ではなくナンバーワンを目指す競争への情熱を挙げられていた。内容的には、昔読んだ金田氏の著書『π(パイ)のはなし』(東京書籍 1991)と同様、数学的な記述に期待して見ると物足りないが、円周率計算の記録保持者によるものという点で見るべき部分はあるという印象を受けた。

現在の状況はどうなっているかと思いウエブで調べると、今年の10月に長野県の近藤茂氏が自宅のパソコンで円周率を10兆桁計算したというニュースに行き当たった(計算プログラムはアレクサンダー・J・イー氏による)。そういえばそんなニュースを目にしたことを覚えているが、そのときはあまり気に留めなかった。金田氏のウエブページを見ると、近年は円周率計算から遠ざかっているように見えた。放送大学のビデオに登場する金田研究室の助手、高橋大介氏のことを調べると、現在は筑波大学に所属、ウエブページには、2010年にスーパーコンピュータを用いて円周率を2兆5769億8037万桁桁計算したという記述があった。

2番ではなく1番を目指すという金田氏の話を聞いて、事業仕分けの際の蓮舫議員の言葉「一番じゃなきゃダメですか?」が思い浮かんだ。近藤氏の計算には1年を要したとのことだが、計算プログラムや安定して高速に動作するパソコン、とりわけ大容量のメモリーと記録メディア(HDD)が使えるようになったことで、このような計算が可能になったのであろう。円周率の計算競争は計算機の専門家がスーパーコンピュータの空き時間を使ってやるものから、アマチュアが情熱を注ぐ対象に移行したのであろうか。(スーパーコンピュータとパソコンの対決と捉えるのはナンセンスであろうが、)スーパーコンピュータによる円周率計算で知られた金田氏や高橋氏の記録がパソコンにより塗り替えられ、(そのことと因果関係はないにせよ、)金田氏は次世代スーパーコンピュータ開発予算の削減に賛同したという話は、この10年余りの年月の一断面として見ると興味深い。以上が、π の数値計算にはそれほど関心のない数学者である私の幼稚な感想である。

岡山理科大学理学部応用数学科に所属していたとき、私は何度か卒業研究のテーマに円周率を取り上げた。円周率の計算法は、微分積分をはじめとする大学で教える数学の外伝として学生の関心を引く対象だと思うので、また何らかの形で学生に伝える機会を持ちたい。

小平邦彦「数学雑談」

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日本数学会が出した DVD 「小平邦彦 講演「数学雑談」」を視聴した。DVD は関西学院大学数理科学科宛に数学会から届いていたものを見つけ出して借り出した。故・小平邦彦氏はフィールズ賞を受賞した数学者である。私は小平邦彦氏の業績のうち、自分の研究と関連があった、小平-Titmarsh の定理しか知らず、むしろ、岩波書店刊行の「解析入門」、「複素多様体論」、「複素解析」(いずれもちらっと見た程度で読んでいない)、そしてやはり買って読んでいないのだが、岩波現代文庫から出ている3冊の著書、そして、高校時代に使った東京書籍の数学教科書の執筆者としての方が馴染みがある。

収録された1988年の講演は、貴重な映像であろう。一般向けの講演ということで、数学の歴史、数学がわかるということ、数学の応用・重要性、数学自身の実在に関する話題が語られていた。日本数学会のウエブページで配信しているので、DVD を購入、借り受けしなくても視聴できる。


小平邦彦「数学雑談」(1988年5月28日、学習院大学全学講演会)
プロフィール

示野信一

Author:示野信一
関西学院大学理工学部数理科学科
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