演習形式で学ぶリー群・リー環への補足
著書の『演習形式で学ぶリー群・リー環』(SGCライブラリ88,サイエンス社)の第5章 「3次元空間の回転」において、\(SU(2)\) の随伴表現を定義しないまま使っていることに気付いた。閉線形群の随伴表現は第7章で述べられており、不具合である。応急処置として、p52 例題4.3 の後に以下の記述を挿入することを補足として公開する。
\(\mbox{Ad}\,:\,G\rightarrow \mbox{End}(L(G))\) を \(\mbox{Ad}(g)X=gXg^{-1}\) (\(g\in G\), \(X\in L(G)\)) により定め,\(G\) の随伴表現という.また,\(\mbox{ad}\,:\,L(G)\rightarrow \mbox{End}(L(G))\) を \(\mbox{ad}\,X(Y)=[X,Y]\) により定め \(L(G)\) の随伴表現という.上の例題の解答より,
\[
\left.\frac{d}{dt}\mbox{Ad}(e^{tX})Y\right|_{t=0}=\mbox{ad}\,X (Y)
\]
が成り立つ.微分方程式の解の存在と一意性より,
\[\mbox{Ad}(e^X)=e^{\text{ad}\, X}\]
が成り立つ.第7章の定義7.2とその後の記述も参照のこと.(ここまで)
この他にも気付いたり、教えてもらった誤りがいくつかあるので、正誤表にまとめなければいけない。
\(\mbox{Ad}\,:\,G\rightarrow \mbox{End}(L(G))\) を \(\mbox{Ad}(g)X=gXg^{-1}\) (\(g\in G\), \(X\in L(G)\)) により定め,\(G\) の随伴表現という.また,\(\mbox{ad}\,:\,L(G)\rightarrow \mbox{End}(L(G))\) を \(\mbox{ad}\,X(Y)=[X,Y]\) により定め \(L(G)\) の随伴表現という.上の例題の解答より,
\[
\left.\frac{d}{dt}\mbox{Ad}(e^{tX})Y\right|_{t=0}=\mbox{ad}\,X (Y)
\]
が成り立つ.微分方程式の解の存在と一意性より,
\[\mbox{Ad}(e^X)=e^{\text{ad}\, X}\]
が成り立つ.第7章の定義7.2とその後の記述も参照のこと.(ここまで)
この他にも気付いたり、教えてもらった誤りがいくつかあるので、正誤表にまとめなければいけない。
複素数平面 vs 複素平面
著書『複素数とはなにか』(講談社ブルーバックス)では、初出で「複素平面」を併記した以外は「複素数平面」で通した。特にこだわりはなく、単に高等学校の学習指導要領に合わせたまでである。大学以上の数学書では「複素平面」または「ガウス平面」の方が圧倒的に主流である。
「複素数平面」は平成元年(1989)の学習指導要領改訂で数学Bに入った。そして平成11年の改訂で姿を消し、平成21年の改訂で数学IIIに復活、2014年度の数学IIIからまた高校数学で教えられることになる。1989年以前は、昭和30年と昭和35年(1955, 1960)の改訂で「複素平面」が応用数学または数学IIBに導入され、昭和45年(1970)の改訂で姿を消していた。私は高校で複素数平面を学んでいない世代に属する。高校の先生方や理系の高校生は10年ぶりに復活する複素数平面に戸惑いを感じることと思うが、『複素数とはなにか』がそのような方々のお役に立てば幸いである。
以下では、高校数学に「複素数平面」を入れること(や代わりに行列がなくなること)の是非を問題にしない。同じものを指す用語が「複素平面」から「複素数平面」に変化していることに注目する。当時「複素平面」あるいは「ガウス平面」が広く使われていたが、何か用語の変化を巻き起こす出来事があったとは思えず、学習指導要領の改訂に関わる有力者の意向が反映した結果と想像している。「複素数平面」という言葉を最初に見たとき、奇妙な感覚を覚え、「複素平面」ではなく「複素数平面」を使う理由(と言われているもの)を伝え聞いたときも、あまり納得はいかなかった。
ところがその後、たまたま竹内端三『函数概論』(共立出版)で「複素数平面或いは略して単に数平面という」(現代仮名遣いに変更)とあるのを目にして、実数は数直線、複素数は数平面とは実によい言葉だと納得した。さらに高木貞治『代数学講義』(共立出版)にも「複素数平面」とあるのを知った。そして、私は「複素数平面」も結構いい言葉だと思うようになった。今回見た藤原松三郎『代数学 上』(内田養老鶴)には「数の平面」または「ガウス平面」とあった。(これら3冊の著者は故人であり、挙げた本は古いものだが、高名な方々である。) 昔は「複素平面」という言葉はなかったということを主張するものではない。今回、図書館で見た古い文献には「複素平面」も見られた。どの辺りで「複素数平面」が下火になったのかわからないが、英語で主流の "complex plane" (複素平面)の影響が大きいと想像する。Google で検索してみると、複素数という言葉を造ったガウスの母国語であるドイツ語では、Komplexe Zahlenebene(複素数平面)、Komplexe Ebene (複素平面)、Gaußsche Ebene(ガウス平面)、Gaußsche Zahlenebene (ガウスの数平面)が見られる。Komplexe Zahlenebene(複素数平面)は決して多数派ではないが、英語で complex number plane という用法がほとんどないこととは対照的である。
人名をつけるのも悶着の種で、複素数平面の概念をガウスより早く出版したアルガンに因んで「アルガン図式」という言葉があり、また,先日触れた R. Penrose, "The Road to Reality" は、一番最初に複素数平面について出版したウェッセルを尊重して Wessel's complex plane(ウェッセルの複素平面)と呼んでいる。(著書ではウェッセルと表記したがヴェッセルと書く人もおり、ちゃんと調べて書いたかどうか記憶がない。)
英語では数直線のことを real line(実直線)という。ストリクトな「複素平面」派の方々は「数直線」を止めて「実直線」と呼ぶのが整合性がとれてよろしいのではなかろうか。念のためもう1度断っておくが、私には特にこだわりはなく、ここで単に雑談の種にしているだけである。このような雑談を『複素数とはなにか』に書かなかったのは、私としてはどちらでもよい話でページが増えて定価が高くなるのを恐れたからであり、また梅田亨『代数の考え方(日本放送出版協会)の 99ページに上記と重なる話が書いてあるのを見つけていたからでもある。ウエブ上では気軽に雑談を書き散らかして気が変わればすぐ修正なり削除なりできることもあり、また昔の私のように、「複素数平面」を平成元年の学習指導要領で誕生した造語だと誤解している人もいるようなのでここに記した。
「複素数平面」は平成元年(1989)の学習指導要領改訂で数学Bに入った。そして平成11年の改訂で姿を消し、平成21年の改訂で数学IIIに復活、2014年度の数学IIIからまた高校数学で教えられることになる。1989年以前は、昭和30年と昭和35年(1955, 1960)の改訂で「複素平面」が応用数学または数学IIBに導入され、昭和45年(1970)の改訂で姿を消していた。私は高校で複素数平面を学んでいない世代に属する。高校の先生方や理系の高校生は10年ぶりに復活する複素数平面に戸惑いを感じることと思うが、『複素数とはなにか』がそのような方々のお役に立てば幸いである。
以下では、高校数学に「複素数平面」を入れること(や代わりに行列がなくなること)の是非を問題にしない。同じものを指す用語が「複素平面」から「複素数平面」に変化していることに注目する。当時「複素平面」あるいは「ガウス平面」が広く使われていたが、何か用語の変化を巻き起こす出来事があったとは思えず、学習指導要領の改訂に関わる有力者の意向が反映した結果と想像している。「複素数平面」という言葉を最初に見たとき、奇妙な感覚を覚え、「複素平面」ではなく「複素数平面」を使う理由(と言われているもの)を伝え聞いたときも、あまり納得はいかなかった。
ところがその後、たまたま竹内端三『函数概論』(共立出版)で「複素数平面或いは略して単に数平面という」(現代仮名遣いに変更)とあるのを目にして、実数は数直線、複素数は数平面とは実によい言葉だと納得した。さらに高木貞治『代数学講義』(共立出版)にも「複素数平面」とあるのを知った。そして、私は「複素数平面」も結構いい言葉だと思うようになった。今回見た藤原松三郎『代数学 上』(内田養老鶴)には「数の平面」または「ガウス平面」とあった。(これら3冊の著者は故人であり、挙げた本は古いものだが、高名な方々である。) 昔は「複素平面」という言葉はなかったということを主張するものではない。今回、図書館で見た古い文献には「複素平面」も見られた。どの辺りで「複素数平面」が下火になったのかわからないが、英語で主流の "complex plane" (複素平面)の影響が大きいと想像する。Google で検索してみると、複素数という言葉を造ったガウスの母国語であるドイツ語では、Komplexe Zahlenebene(複素数平面)、Komplexe Ebene (複素平面)、Gaußsche Ebene(ガウス平面)、Gaußsche Zahlenebene (ガウスの数平面)が見られる。Komplexe Zahlenebene(複素数平面)は決して多数派ではないが、英語で complex number plane という用法がほとんどないこととは対照的である。
人名をつけるのも悶着の種で、複素数平面の概念をガウスより早く出版したアルガンに因んで「アルガン図式」という言葉があり、また,先日触れた R. Penrose, "The Road to Reality" は、一番最初に複素数平面について出版したウェッセルを尊重して Wessel's complex plane(ウェッセルの複素平面)と呼んでいる。(著書ではウェッセルと表記したがヴェッセルと書く人もおり、ちゃんと調べて書いたかどうか記憶がない。)
英語では数直線のことを real line(実直線)という。ストリクトな「複素平面」派の方々は「数直線」を止めて「実直線」と呼ぶのが整合性がとれてよろしいのではなかろうか。念のためもう1度断っておくが、私には特にこだわりはなく、ここで単に雑談の種にしているだけである。このような雑談を『複素数とはなにか』に書かなかったのは、私としてはどちらでもよい話でページが増えて定価が高くなるのを恐れたからであり、また梅田亨『代数の考え方(日本放送出版協会)の 99ページに上記と重なる話が書いてあるのを見つけていたからでもある。ウエブ上では気軽に雑談を書き散らかして気が変わればすぐ修正なり削除なりできることもあり、また昔の私のように、「複素数平面」を平成元年の学習指導要領で誕生した造語だと誤解している人もいるようなのでここに記した。
複素数とはなにか・増刷御礼

著書『複素数とはなにか』(講談社ブルーバックス)であるが,しばらく在庫がなかった Amazon の在庫が復活していた。講談社週間ベスト(10/22~10/28)<新書>で6位と先週に続いて踏みとどまっている。売れている様子が見えない近所の本屋4軒だが、ようやくそのうちの1軒で1冊置いてあった本がなくなっていた。本日増刷が決まったとの連絡をいただいた。ご愛読感謝いたします。
ちょっと裏話を。本書には参考文献をつけていないが,もっとも影響を受けているのは,本文中でも引用している T. Needham の Visual Complex Analysis(邦訳は『ヴィジュアル複素解析』陪風館,品切れ)である。その牽引力にもかかわらず頓挫していた執筆を再開するきっかけとなったのは,R. Penrose の The Road to Reality: A Complete Guide to the Laws of the Universe である。1136ページの大著を読んだ訳ではないが,複素数の解説にあてた章がとても新鮮に感じられた。これらの本の中で複素数の基礎を扱った部分はわずかだが,そこに感じた生き生きとした印象に導かれて本書を執筆した。微分積分の知識を仮定するつもりはなかったのでオイラーの公式を入れるかどうか当初迷ったのだが,以前書いたもの とは違った導出を T. Needham の本や Brian Slesinsky's Weblog How To explain Euler's identity using triangles and spirals を参考に書いた。執筆後に遠山啓『数学入門 下』(岩波新書)にも同様の説明があることに気付いた(この本は高校生のときに読んだのだが)。この証明は本書の第5章にも記したように,ド・モアブルの定理を用いたオイラーの公式の証明(オイラーによる)を複素数平面の言葉で説明したものであり,オイラーの掌中にある。歴史的な記述は多数の数学史書からの理解に基づいて書いたが,おそらくニュアンスがおかしい部分があるだろうと思う。(歴史認識に関する致命的な誤解はないと願っている。)